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Inspired by Linda

Photo by Shemp65

地球環境のために日常の生活の中でできることはないか、という思いと、日本古来の大豆などの穀類、野菜を中心とした食生活とシンプルな暮らしに興味を持ち始めていた二十五年程前、私は元ビートルズのメンバーであるポール・マッカートニーの最初の奥様リンダ・マッカートニーのクッキングブックと出会いました。そこには、誰でも楽しく出来るベジタリアンレシピが紹介されていました。

また冒頭にはマッカートニ家のファームライフについて書かれていました。庭で自分たちが育てた野菜が家族の食卓に上ることの豊かさ。馬、羊、犬、猫、鶏など沢山の動物たちに囲まれ、平和に大らかに子育てする様。そのような自然の中のシンプルな暮らしこそ、豊かな心と落ち着いた性格を育むとリンダは言います。音楽などのクリエイティブな仕事とビジネス、そして都会的な暮らしをそのままファームライフに組み込んだ「家族を基盤」とした健康的なバランスのとれた生活です。本当の豊かな暮らしとは何であるかをポールとリンダはファームライフの中に見出したとありました。そして、そのような生活は「競争」でなく「共存」という意識をもたらすとリンダは述べていますが、この「共存」こそがベジタリアンライフそのものです。

ベジタリアンライフの「共存」とは家族の中だけでなく、動物、そして地球上の飢餓で苦しむ人々にも通じるものです。この世に畜産目的だけで生まれてから殺されるまで、劣悪な環境に置かれたままで、ただの一度も太陽の下で自由に走ったこともない動物たち。今も地球のどこかで飢餓で苦しみ、命を落とす人々がいるという現実。1キロの肉を作るために約10キロの飼料が必要と言われています。それに加えて、広大な土地や、水も必要です。穀物を動物が食べ、人間がその肉を食べるというサイクルを短縮して同じ穀物という蛋白質を食べるという事により、地球上で起きている悲劇を減らすことができます。またそれは農地確保のために進む森林伐採を減少させるという環境保護にも繋がります。

穏やかで、思いやりと優しさに満ちた生活そのものがベジタリアンライフであるとリンダは言います。また、真剣になり過ぎず、何より楽しんで料理することの大切さをリンダは強調しています。

ポールが2009年に提唱した「ミートフリーマンデーMeat Free Monday(「週一ベジ」)」キャンペーンも、「堅苦しく考えず、週に一度でも楽しくベジタリアンを試してみる」というコンセプトで、世界各国で着実に広がり始めています。楽しく穏やかで平和的なベジタリアンライフは、まさしくPaulの曲そのものです。

1993年Paulが日本でのコンサートの後、ロサンゼルスまでJALを利用してくださることになりました。ちょうどその頃、私はJALで客室乗務員として働いていました。当時、JALには、宗教上のベジタリアンミールしかありませんでした。ポールのように、地球環境保護や動物愛護のためといったベジタリアンミールは、お客様からの要望もほとんどなく、認知度も低いものでした。

念のため、ファーストクラスのベジタリアンミールの内容を調べてみましたが、やはり、ポール一行にはそぐわないと感じました。そこで、「リンダのベジタリアンクッキングブックからピックアップしたスペシャルベジタリアンミールをポール一行に提供してはどうか」と提案しました。これに対し、「お客様からの要望がないのに、乗務員の一存で勝手に食事の内容を変えていいものか」との心配の声が社内であがりましたが、私には「ポール一行は必ず喜んでくださる」という確信がありました。

会社内で数か月の話し合いと検証を重ねた結果、最終的に私の提案が採用され、実施の運びとなりました。前菜は、野菜の炊き合わせ、高野豆腐の含め煮、胡麻豆腐など、日本古来の精進料理風の小鉢で彩り、日本の秋をイメージして、ワゴンにセッティングすることになりました。スープ、メインデッシュ、サラダはリンダのクッキングブックのレシピからピックアップして、提供することに決まりました。ポール一行のためのスペシャルベジタリアンミールを提供することを、ご本人らに説明するべきということで、私がその便に乗務することにが急きょ出発の数日前に、決まりました。

当日機内で、食事サービス前、リンダがグラスを持って、「おかわりくれる?」と私の所にいらしたので、スペシャルベジタリアンミールについてお話ししました。リンダは驚いて、そして大変喜んでくださいました。席に戻りポールにも話をしたようでした。お二人はお食事の一つ一つに大変興味を示され、とても楽しそうに召し上がっていらっしゃいました。サービスが終わってから、お食事の感想を伺うと、お二人から「本当に素晴らしかった」とのお褒めの言葉をいただきました。私の持っていた日本版リンダのクッキングブックをお見せしたところ、笑顔で嬉しそうに長いこと、お二人でページをめくっていました。今でも、ポールとリンダの幸せそうな笑顔が思い出されます。

その便の乗務が終わって数日後、社内で「『地球環境・動物愛護の観点からのベジタリアンミール』を導入しよう」という話が提示されました。その際、私の持っているリンダのクッキングブックを参考にしたいと言われました。程なくして、宗教上のベジタリアンミールとは別に、地球環境、動物愛護の観点からのベジタリアンミールを全クラスで導入することが、正式に発表されました。

あれから二十余年経ち、JALはベジタリアンミールに力を入れていて、美味しいと大変評判です。リンダのクッキングブックからピックアップしたスペシャルベジタリアンミールがきっかけとなって、JALにベジタリアンミールが導入されとことは、日本のベジタリアン普及の一助となったと言えます。今リンダのクッキングブックを見ても、全く古さを感じません。むしろ、生き生きと輝いています。若い世代の人にもきっと共 感を得られる本であると思います。リンダが、「日本でベジタリアンが増えることを望んでいる」と話していたことが昨日のことのように思い出されます。

サスティナビリティという価値観がクローズアップされる今、ベジタリアンでいることは地球環境にも人にも動物にも優しく、継続可能で理にかなっています。現在、日本では、ベジタリアンは流行に敏感な若い世代が牽引して、ブームが起こりそうな気配です。日本の健康的で伝統的な食生活と、日常の日々を楽しむという平和で穏やかなベジタリアンのイメージと相まって、今後日本では、ベジタリアン文化が開花していくと思われます。それは、日本国内のみならず、世界をも牽引していくことでしょう。

安藤賢香 Ando Yoshika